シンガポール その日暮らし

夫と娘とシンガポールに引っ越してきました。

熊本地震にまつわる私事

熊本地震が発生してからだいぶ経ってしまいました。はやく何か書きたかったけれど、なかなか書き出せませんでした。頭が混乱していて、何を書いたらいいかわからなくて。

熊本を最初の強い揺れが襲った日、そのニュースに気づいたのは就寝前の時間でした。ムスメが生まれてから、テレビは基本的に消す習慣がすっかりついてしまったし、ムスメの就寝後、あれこれ片付けものやら翌日の準備などをしていて、携帯電話を手に取る時間もなくて。

翌日、ムスメが園にいる間は、何もできないのですが、とりあえず状況を知りたくてNHKをつけっぱなしにしていましたが、ムスメが帰宅したらまたテレビを消し(1時間だけはEテレ子供番組を見せ)…。寝かしつけの時に、前回の記事にあるようにムスメが発熱したので、その後は地震の情報をキャッチアップすることもできず。

途中で、深夜にさらに大きな揺れ(本震)があったことを知りましたが、自分のほうも精一杯の状況にいたので、地震の情報のほうはあえてシャットダウンしました。

ニュースを見ていると、3.11を思い出してしまって。あの時も、そう、オットは海外出張中で、近所には友達もなく、ワタシはひとり3日間、自宅にいたんだったなーと。今思えば、東京だし、衣食住しっかり確保できて、被災した方々に比べたら、全く何も起きていなかったに等しいのですが、でも、その時のワタシにとっては非常事態でした。あれからしばらくは、閉所恐怖症になり、混雑する電車やしばらくドアが開かない急行電車には乗れなくなったり、エレベーターや地下や窓のない場所なんかもダメになりました。今も密閉空間は苦手です。

まったくもって、視野の狭いヘタレな話なんですが、ムスメが高熱をだしてオットが不在な時に、そういうあれやこれやの記憶に、引きずられたくなかったのです。

その後、オットが出張途中で帰宅してくれてひと心地ついた後、地震のニュースにまた戻ることができました。実は、ワタシの実父は熊本県出身で、被害の大きかった町の近隣出身です。幸い、数少ない親戚の方々は、最初の地震の後に、避難所に移動していて無事でした。

ところで、地震のニュースを追っていて気がついたのですが、距離があるからなのか、今日本にいないからなのか、3.11の時ほど、自分には、切羽詰まったような感覚が感じられません。自分の過去の体験を思い出すことさえしなければ、実際に身の上に起きたことではないので、当たり前といえばそうなのですが、どこかでずいぶん距離を感じます。

3.11の後しばらくして、外国に住んでいた日本人の友人が、放射能の問題について「まだ東京でも重大な問題なの?」という趣旨のメールを送ってきて、ショックを覚えた記憶があります。文章からは「もう東京はなんでもないでしょ、大袈裟じゃない?」という意味合いが読み取れたから。

でも、ワタシは今ならわかります。友人もこんな感じだったんだろうなあと。地震の映像を見てニュースを知って、確かに胸は痛むけど、自分の生活に影響はないからどこか他人事。それよりも、今、自分の目の前の日常をどうやって過ごすか、そのことで頭がいっぱい。もちろん、それが当たり前。ワタシもそのひとり。

でも、どこかでやっぱりひっかかっています。他にも世界中に災害はあるし難民もいるし子供が飢えいる地域だってあります。でもワタシは日本人なので、日本人の窮状にはやっぱりなにかしたい。

被災したみなさんは、先が見えずどんなにか不安でしょう。避難所や車での生活、心身共に限界に近い状況で日々をすごしていらっしゃると思います。日常生活が戻っても、地震前にはもう戻れないと感じる、そのぐらい強烈な体験だと想像します。

でも、シンガポールにいてはワタシは何もできない。いや、日本にいたところで、何もできなないでしょう。

というわけで、知恵も行動力もないワタシができるのは、やっぱり募金なのかな、と。以前TEDで見た坂茂さんの活動に大変に感銘を受けたので、迷わずこちらに。

坂茂建築設計+ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク

 

こんなの、自己欺瞞&満足なんです。でも、少しでも役に立てれば。

被災された方々の生活が一日でも早く、少しでも楽になりますように。